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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和35年(て)55号 判決

請求人 野中鼎

主文

本件上訴権回復の請求を許可する。

理由

本件請求は「異議申立に関する上告書」と題する書面によるものであるが同書面に徴すれば法律に通暁しない請求人自身の執筆にかゝるもので其の意味内容は必ずしも明白でないが、要するに当審が昭和三十五年九月六日午前十時言渡した請求人に対する贈賄被告事件の第二審判決(有罪判決)につき該判決宣告期日の召喚状の送達を受けず、且つ弁護人よりも該判決宣告期日の通知も受けず判決結果の通知も受けず、これらの点につき全く知らなかつたところ、同年十一月八日渋谷区検察庁より訴訟費用納付の告知を受け始めて該判決の言渡のあつたことを知るに至つたのであるから、こゝに上訴権回復の請求と共に上告の申立をなすというにあるものと解せられる。

よつて本件記録並びに当審が最高裁判所より取り寄せた野中鼎外四名にかゝる贈収賄被告事件記録に徴すれば右被告事件(昭和三三年(う)第一九二号)の判決宣告期日(昭和三十五年九月六日午前十時)の召喚状が昭和三十五年七月二十七日当庁より請求人あてに書留郵便に付して発送せられたものなるところ、請求人はこれより先、住居変更届を提出し、旧住所(東京都豊島区池袋四丁目四百三十三番地翠荘内)を新住所(東京都世田谷区上北沢三丁目千二百七十二番地都営第五上北沢住宅第九号)に変更しており、右書留郵便は右の旧住所あてに発送せられたゝめ送達不能となつたことが認められ、其の後新住所あてにあらためて送達せられた形跡はなく弁護人からも請求人に対し判決宣告期日を通知せず、該宣告期日に請求人は不出頭であり、当庁及び弁護人等からいずれも請求人に対し判決結果通知をしていないことが認められると共に請求人は上訴期間を経過せる同年十一月八日渋谷区検察庁において係員の説明により始めて右被告事件の判決の結果及び法定上訴期間の経過を知り、且つ其の訴訟費用納付告知を受けたので、直ちに翌九日最高裁判所あてに前記「異議申立に関する上告書」と題する書面を提出すると同時に同日当庁あてに右書面と同趣旨の「上申書」と題する書面を提出したものであり、最高裁判所より当庁あてとりあえず同年同月十八日前記「異議申立に関する上告書」の原本と寸分違わない写真による写を送付し、其の後同年十二月二十四日右の原本を送付せられた事実を認めることができる。

よつて先づ本件上訴権回復請求の期間の適否につき考察するに、右請求の書面は原則として当庁に対して差し出すべく、他庁に対し差出した場合においては、該訴訟行為の確実性を期するため法定期間内に当庁に右請求の書面の原本が回付到達しなければならないものと解すべきであるが、併し乍ら法定期間の計算において本件の如く当庁に提出されるべき右請求の書面が最高裁判所に提出せられ、同庁より当庁へ先づ右書面の原本と寸分違わぬ写真版の写が回付せられ其の後右原本が回付せられた場合の如きは、右原則に対する例外として、右のような書面の写が他庁より当庁へ回付せられた時をもつて、原本が当庁に差出されたものと同視するも、右訴訟行為の確実性を期する上において何等の妨げがない。従つて右請求の書面の写が最高裁判所より当庁に回付せられた時を基準として本件の法定期間を計算するのが相当である。然るときは前記認定のとおり請求人が当審の判決宣告を知つた昭和三十五年十一月八日より起算して十四日の法定期間内たる同年同月十八日に本件請求の書面の写が当庁に回付到着したのであるから、右請求は期間の点において適法であるとみることができる。更らに本件請求の理由の存否についてみるに、前記認定事実によれば、前記被告事件の被告人として上訴権を有する請求人は、右被告事件の当審における判決宣告期日及び判決結果につき同年十一月八日に至り初めて之を知つたもので其の間当庁及び訴訟関係人等の何人からも其の通知を受けていないのであるから、請求人の本件請求は刑事訴訟法第三百六十二条所定の「自己又は代人の責に帰することができない事由によつて上訴の提起期間内に上訴をすることができなかつたとき」に該当するものと謂うことができる。してみれば本件上訴権回復請求は適法にして且つ理由があるから、之を許可すべきものとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 山田義盛 辻三雄 内藤丈夫)

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